平成14年度、TAO先進技術型研究開発助成金に申請した研究開発の提案書
研究開発の目的
本提案は、インターネットにおけるマルチメディアコンテンツの利用形態の拡大、消費者一人ひとりのニーズに対応した新しい双方向サービスの開拓を目的として、個人の音の好みによってコンサートホールの座席を選択できるシステムを開発するものである。
インターネットは普及の段階を終え、国民に対して質の高いサービス、コンテンツの提供が求められる時期にきている。特に、利用者一人ひとりのニーズに柔軟に対応した新しいサービスの開拓が必要とされている。また、現在急速に進んでいる通信のブロードバンド化により、音楽や映像などマルチメディアコンテンツの流通が促進されているが、単にそれらを一方的に配信するだけでなく、双方向性を生かしたサービスが求められている。
我々が提案するのは、音質の好みによってコンサートの座席を選択でき、オンラインでチケットが購入できるシステムである。一般に座席を選ぶ基準は舞台の見え方である場合が多く、舞台に近いほど料金も高く設定されている。しかし、聞く場所によって音の感じも大きく変わることはあまり意識されていないようである。
音量や残響感など音質に関する好みには個人差があり、演奏される音楽の種類にも影響されることが、これまでの研究で明らかにされている。公演に参加する観客は、音に関する自分の好みを知り、自分にふさわしい座席で音楽を聴くことで、より高い満足を得られると考えられる。企画や運営方法などソフト面の整備が貧弱になりがちな公共の音楽ホールにとって、このシステムの導入は観客一人一人を満足させるコンサートの運営を支援するものであり、同時に顧客管理やマーケティングといった従来のホール運営に欠けていた重要な経営要素を提供するものである。
研究開発の最終目標
本研究開発の最終成果として、以下の3項目の開発を目標とする。
インターネットによる高品質な音場再現
ホールでの演奏を疑似体験できる装置は可聴化(Auralization)システムとして、室内音響の最先端の技術として注目されている。本提案では、本格的な設備を必要とせずにネットワークを通してホール音場を再現できることを目標とする。
簡単で正確な音の好みの検査(プリファレンス検査)
音の好みを客観的に評価する方法として、安藤(本提案の外部指導者)により開発されたプリファレンス理論を採用する。評価指標は音量、残響時間、初期反射音の遅れ時間、両耳間相関度の4つである。これらの指標はいずれも音の主観評価に深く関連しており、実測又は室形データによるシミュレーションから計算できる。利用者はこれらの指標を組み合わせて再現されたホール演奏のサンプルをインターネット上で試聴し、どの演奏が良いか判断する。判断には一対比較を用いることで簡単かつ正確な検査が可能となる。
座席選定およびチケット予約・発券システム
検査された好ましい音響特性とホールの各座席で測定された物理指標の対応から、利用者の好みにあった座席を提示する。利用者は提示された座席からの音の聞こえ方、舞台の見え方を確認してからチケットを予約できる。
可能となる新規事業
コンサートチケットのオンライン販売
コンサートの一般利用者を対象にして、Web上でのプリファレンス検査からチケットのオンライン販売までを一括して行う。
チケット販売会社向けの座席選定システムの販売
コンサート主催者およびチケット販売代理店に向けて、座席選定システムの販売、メンテナンス、技術サポートを行う。
音楽ホールの顧客管理
チケット購入者の属性や好みなどのマーケティング情報を収集・管理する。ホールにとっては、今後の公演開催にむけて、さまざまなデータの活用が可能になる。
ホールの設計・改修の支援(コンサルティング)
多くの利用者の音響に関する嗜好特性データを収集することで、音響性能の改善点や新たなホールの設計指針が発見されることが期待できる。これらの情報を利用して、設計事務所と協働してホールの設計・改修に関するコンサルティングを行うことが可能である。
研究開発の内容
インターネット上での音場再現技術 (神戸大学との共同研究)
ホールの各座席で実測したデータ、または図面を元にシミュレーションから求めたデータを利用して、上述した4つのホール音響の評価指標を独立に制御する。制御方法としては、壁からの反射音を重ね合わせて目的の音場を再現する方法と、各座席の両耳インパルス応答を音源に畳み込む方法が利用できる。利用者の再生環境に音質が左右されないようにするため、再現方法の最適化に取り組む。特別な設備を必要とせずに臨場感のあるホール音場を再現できる方式の開発を目的とする。
プリファレンス検査による座席選定 (神戸大学との共同研究)
音場をコントロールしたサンプル楽曲の再生、一対比較によるスコアの計算、結果表示までをWeb上で行うアプリケーションを開発する。これまでに蓄積された無響室実験のデータとの比較によりインターネット実験の有効性を検討し、実験方法を最適化する。
チケットのオンライン販売
利用者から送られてくる座席予約の要求とホールの予約状況を同一データベースで一元管理し、分散処理とデータベースのリアルタイム更新を可能とするチケット販売システムを構築する。これまでに音場シミュレーション室の導入や設計段階の模型実験を通して協力関係にある鹿児島県霧島国際音楽ホールと岡山県津山市民ホールに試験的に導入して、本システムの有効性を検証し、改良点を検討する。
新規性、困難性
コンサートチケットのオンライン販売
既存のオンライン販売では、利用者はチケットの値段でしか座席を選択できなかった。最近利用され始めたサービスでは座席から見た舞台の様子を表示して利用者が好みの席を選択できるものがあるが、それだけでは不十分である。本システムの実用化によって初めて、音の聞こえ方を基準にして席を選択することが可能になる。本システムの実際の運用にあたっては、大規模な利用者データをリアルタイムで処理する必要がある。処理スピードと分散処理の効率化が課題となる。また、ホール運営の担当者をユーザーとして想定しているため、使いやすいシンプルな操作性を実現する必要がある。
インターネットを利用した座席選定
音質の好みというものは、何度もホールに足を運ぶうちに徐々にわかってくるものである。コンサートを聞く機会の少ない利用者にとっては簡単に自分の好みがわかる本システムは非常に有効である。さらにチケット販売とリンクしているので、好みに合った席で音楽を聴くことができるという全く新しい価値観を創造することが可能となる。Web上で利用者が検査するシステムを想定しているため、正確な結果を得るための検査方法の最適化が必要である。さらに、実用化に向けては多くの実証実験による検査結果の妥当性の検証が必要となる。
ホール音響のシミュレーション
既存の音響シミュレーション(可聴化)システムは、特別なハードウェアを必要とするため、企業の研究所や大学など限られた場所でしか利用できなかった。本研究開発の成果によって、インターネットを通して家庭用のスピーカやヘッドホンで世界各国の様様な音楽ホールの演奏を簡単に楽しむことができる。また、シミュレーションにより設計段階のホール音響をも体験することが可能である。一般市民の音に関する意識が高まれば、例えば地方自治体が建設する公共ホールの音響特性を市民の意見により決定することも考えられる。ホール音響の再現をインターネット上で家庭用機器によって再現するためには技術的な課題が多く残されている。再現方法自体はこれまでに確立されたものが存在するが、利用者の環境による音質の影響を最小限に抑えるための改良が必要となる。
波及性
全国にある音楽ホールとの提携
本システムの実際の運用にあたっては、大規模な利用者データをリアルタイムで処理する必要がある。処理スピードと分散処理の効率化が課題となる。また、ホール運営の担当者をユーザーとして想定しているため、使いやすいシンプルな操作性を実現する必要がある。
予約発券システムの海外展開
海外の主要なホールに本システムを導入すれば、旅行前に日本から座席の予約が可能になる。さらに、本システムが提供する座席選定の方法はシンプルであり国際的に適用可能である。世界各地で本システムの運用が期待でき、将来的に大きく成長する可能性がある。
マルチメディアコンテンツの利用形態の拡大
本提案が示すように、マルチメディアコンテンツの利用形態は単に映像や音楽を配信するだけでなく、それらを利用した双方向サービスへの応用が可能である。本研究開発の成果によって新たな利用形態の拡大、サービスの開拓を促進されることが期待できる。
臨場感再生技術の応用
本研究により開発される音響再生技術は、以下のような様々な分野で応用可能である。例えばオーディオ機器、アミューズメント施設、放送・通信、音楽製作、映画製作などに幅広く応用可能である。